見立ての見立ての見立て

まあ、とにかく簡潔に言うと、

芸術や表現というのはデータベースからの引用に過ぎないのか?
という問題ですよね


ヒップホップ、サンプリング世代の哀しみと言いますか、

私の高校生の時分からのメインテーマでございまして

結局我々をPCとしてみると、

ポピュラーなソフトをたくさんインストールしてる方がいいのか?

メインプロセッサの性能なぞほぼ関係無いじゃないか、

社会との互換性が無けりゃあさ、

という思春期特有の悩みを未だに心の何処かに引きずっているのか、私は。

情けない

 

難しいですよー、ホントに

完全にオリジナルなものなど存在しない!だから世の中には見立てしかない!というのはねー

スーパーフラットやなー

否定したい気持ちになりますよねー?


オタクっぽいですもんねえ、構造主義とかポストモダンって

オリジナルは無い、と思いながらも、何処かにあるといいなーと期待しつつ行くか、

その状況での、そのフェイズにおいてはオリジナルは存在する!

 

という限定されたオリジナルでお茶を濁していくか

三十歳をとうに越えたはずなのですが、生活態度を決めかねるのですよ

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コメント: 1
  • #1

    ひとみちゃん (日曜日, 08 4月 2012 10:43)

    たしかに完全オリジナルなど、存在は難しいですぞな。

    おいらも三十路突入したよーん(*_*)
    生活態度、決めかねてます...。