音楽と人

情報化社会において音楽への理解を深めることは、
異性への理解を深めることと酷似する
ともにその入り口はルックスとなる
音楽におけるルックスとは、演奏者を取り巻く情報はもとより、
 歌詞とメロディのことであると言える
ここに重点をおいた音楽の聴き方のことは音楽思春期として通念されている

第二の状態としてあげられるのがボディへの偏愛
この場合リズムやビートなどの構造部分が肉体の代理となり、
音楽フェティシズム期という周知のされ方をしているようだ

フェティシズム期を抜けるとフィーリング期へと移行するのだが、
ここに至ると人は少しバカになったようにみえる
法則性を超越したことによって、傍目から
節操がないようにみられることを意識しなければならない
フィーリング期の特徴的な弊害として、
プレッシャーからの開放による反動としての過剰性があげられるが、
何事も程度というものはわきまえたい

さて、フィーリング期の恍惚に溺れることなく
次の段階へと歩を進めた猛者に訪れるのが平和状態ということになる
インドにおいては悟りとも呼ばれる境地であるが、
音楽と異性とともにこのニルヴァーナに辿り着けたものに幸あれといいたい

とまあ、めでたく締めくくった感はあるが、
実は情報からの自由を手に入れたここからが本当の修行の始まりである
精進あるべし

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コメント: 1
  • #1

    ゆかり (水曜日, 19 10月 2011 00:44)

    視線恐怖症というのは日本人にしかない病気であるらしい。
    病名を付けてしまえば楽になるけれど、人にどう見られるかよりも
    何かを伝えたいという信念のある人たちがミュージシャンなのだと、最近まで思ってました。
    リラックスした状態で聴くお気に入りの「音楽」というのは悪魔的なほど心地良い。

    でも実は歌詞に意味も、紡ぐ音に意図もないミュージシャンがいると知って驚きました。
    結局、音楽思春期を通して我々が得る「何か」の為のこちら側の衝動なのでしょうか。